出世開運稲荷への石段
この石段を登って左に行くと出世稲荷が右手に見えます。
石段中ほど右側には昭和20年頃活躍した大関「名寄岩」の名前が・・・
四股名(しこな)から出身地が、北海道名寄市出身の力士です。
出 世 稲 荷
出世稲荷では「合掌一礼」
御 真 言 荼枳尼天尊(だきにてんそん)
ノウマク サンマンダ ボダナン キリカク ソワカ
出世を願うあなたは、是非お参りを
「あぶらげ」が200円で販売しているのでお供えを
また絵馬の奉納も・・・名刺を忘れずにお参りしましょう。
お寺の境内にある神社への参拝は「二礼二拍手一礼」でなく
お寺での参拝の作法「合掌一礼」です。
●合掌の意味
インドでは人間の身体を左右に分け、右側を清浄、左側を不浄なものとしている。
これは右手=仏、左手=人間を指し、これらを合わせることで仏と自分が
一体となる事を表しています!
作法を間違える人が多い為,
[合掌一礼]の表示があります。
出世稲荷は神社ですが
お寺の作法でお参りしましょう
お寺の境内にある神社は
お寺の作法でお参りします。
休憩所脇のこの石段を上り左に行くと出世稲荷があります。
[成田山出世稲荷社務所]の表示
神社なので「社務所」 神社の事務を取り扱う所
出世稲荷の御朱印は、この社務所で受けることが出来ます。
成田山出世稲荷大明神由来
ここにお祀りしてある御本尊は佐倉城主稲葉丹後守より
宝永年中に当山に寄進せられ尊像で
古来出世稲荷大明神と称せられて居ります。
御稲荷様の御本体は倉稲魂神(うたのみたまのかみ)と申し
五穀のみのりと一切の食物を守護る。
施福の神として尊ばれて居ります。
その昔弘法大師が嵯峨天皇より東寺を賜りし時
この明神が翁の姿を現わし色々有難い教えを垂れられましたので
東寺の鎮守とて 祭られてから大いに盛んになったのであります。
奉納者 東京神田岩本町 鳥居欽次郎
荼枳尼天尊(だきにてんそん)
絵馬には名刺を貼りましょう。
お供えの「おあげ」が200円で売っています。
出世稲荷への石段を上がると、
左右に七代目市川團十郎父子が奉納した石灯籠がある。
「子孫繁育」の文字が彫られています。
右側の石灯籠には七代目海老蔵とあるが、これは七代目團十郎が正しい。
確かに石灯籠には七代目海老蔵とあるが、これは
かって七代目團十郎を名のった五代目海老蔵と解釈して欲しい。
一般の人は理解できない説明板が取り付けられています。
もし説明板を付けるなら、七代目團十郎(五代目海老蔵)と付けるべきでしょう。
七代目市川團十郎が箸蔵寺に奉納した石灯籠
ここにも「子孫繁育」の文字が見られます。
七代目團十郎はこの様に子孫繁育と彫られた石灯籠を
箸蔵寺と成田山に奉納している事を考えれば、子孫が途絶える事を
如何に恐れていたかが分かるような気がします。
三代目・四代目・六代目そして自分自身も養子である為、
市川宗家が途絶える事を非常に危惧したのでしょうか?
これ以降も十代目・十一代目と養子が続きます。
出世稲荷の前にある道標
この道標は最初は酒々井町に建立された道標で、その後成田山に移設されたものです。
弘恵会土屋駐車場からは「出世開運繸道」(トンネル)を通り境内に
[道繸運開卋出]と右横書き表示が見られることから
このトンネルは戦前に造られたのだろうか?
繸道(すいどう・ずいどう)=トンネルのこと